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ノーベル晩餐会において、EUを代表してヘルマン・ヴァンロンプイ欧州理事会議長が行った乾杯の挨拶

EU News 632/2012

2012/12/10
欧州連合理事会議長
オスロ

<日本語仮訳>

「まず、2人の同僚とともに、皆さまに心から深く感謝したい。欧州連合(EU)にこの賞を与えていただいたことのみならず――これについては、欧州の多くの人々は今宵、感謝と誇りを感じているが――EUを代表しここオスロを訪れることができた我々3人にとって、忘れられない一日となった。テューセン・タック、ありがとう。

ちょうど14年前のこの日、ここに、皆さまの前に北アイルランドの2人の政治家が立っていた。彼らは、どのようにして平和を、欧州における平和の彼らの部分を構築したかの話をした。そのうちのひとり、ジョン・ヒュームは、自国にとって戦後の和解が、ありえないものと考えられていたからこそ、いかに励みになったかについて説明した。

彼曰く、『もし、1940年代後半に、数十年以内に欧州において紛争は終焉し、一つの議会で一緒に作業をしているといったならば、精神科医に連れて行かれていたに違いない』。

終戦直後、“欧州という考え”はほぼ平和と同義語であった。私の母国でどれだけその思いが強かったか、皆さまには想像ができないのではないかと思う。ベルギーでは、とにかく他国の争いのための戦場になるのには、心底疲れていた。

そして、その思いは第二次世界大戦の“アルデンヌ”や第一次世界大戦の“イーペル”より遡るわけで、実際、現在の私の自宅はワーテルローという地に近い。

2つの大戦の間に、貴委員会はフランスとドイツの間の和解のためのいくつかの取り組みを表彰した。ヤーグランド委員長は先程、アリスティード・ブリアンとグスタフ・シュトレーゼマンに言及した。

彼らは第一次世界大戦後に恒久的平和を構築しようとした。しかしながら、その試みは失敗に終わり、その結果我々の欧州大陸は南はナポリから北はオスロまで、苦難を強いられた。そして、第二次世界大戦後に再び、しつこく、平和を目指した。しかし、恒久的平和が訪れたと、具体的にいつ宣言できるのか? 何年経てば確実にそう言い切れるのか? なかなか難しい問いである。

だから、ノーベル委員会が相当の時間待つことにしたのは非常に賢明だったと思う。実際、2度目でようやく我々が成功したと認めるまで60年待ったわけである。しかしながら、安心して欲しい。あなた方は間違っていなく、我々はもう皆さまを失望させることはない。

我々の歴史の中の“百年戦争”は大変有名である。あと40年すれば、我々は“百年平和”を祝うことになろう。挨拶の最後にこれを述べたい――過去の悪霊はすべて退治された」

原文はこちらをご覧下さい(英語)。
http://www.consilium.europa.eu/uedocs/cms_data/docs/pressdata/en/ec/134155.pdf

Participation of José Manuel Barroso, President of the EC, Herman Van Rompuy, President of the European Council and Martin Schulz, President of the EP at the ceremony to award the Nobel Peace Prize® to the EU. From left to right: Thorbjørn Jagland, Secretary General of the Council of Europe and Chairman of the Norwegian Nobel Committee, Herman Van Rompuy, José Manuel Barroso and Martin Schulz Date: 10/12/2012 Reference: p-022380-00-06 Location: Oslo ©EU, 2012, URL

Ceremony to award the Nobel Peace Prize® to the EU. View of the audience Date: 10/12/2012   Reference: p-022380-00-20   Location:Oslo ©EU, 2012, URL